Apr 26, 2011
夜間は速度を、特に謙遜して交通事故起こさないようにする必要があります
昼間より夜がもっと、視野が狭く運転も難易度が高くなります。当然、昼間と同じ感覚で運転し、交通事故を起こす割合が増加するため、速度も控えめで、より安全運転を実行することです。少し速度が速ヌリゴのかと感じるほどにも交通事故起こすよりは、それこそ継続をお勧めします。今年4月、長年乗っていたセダンを廃車した。また、15年乗っていた車だ。故障もなく、乗り心地もよかった車を置いて少し残念な気がした。どうかして15年乗っていたのだから、家族の思い出も、この車はたくさん詰まっている。そんな車を廃車するときに自然に涙が流れてきた。最後の車との別れの時にゆっくりと車を見て回る息子。我慢できずに最後に、写真を撮った。行こうと叫んだは、後にも先にもこの車だ。
2011年10月5日、香港の俳優アンディ・ラウ(劉徳華)のヘリ破損による損害賠償請求の裁判で、アンディ側の勝訴が確定した。中時電子報が伝えた。
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事の発端は97年公開のアンディ主演映画「黒金」で、台湾の徳安航空(DailyAir)からレンタルしたヘリコプターを撮影に使用したこと。しかし、アンディがヘリから飛び降りるシーンで誤って操縦ハンドルにぶつかり、機体のバランスが崩れて、ローターが照明器具を破損させたと問題になった。同航空は98年、損害賠償を求めて訴訟を起こし、裁判所は08年、アンディに対し669万台湾ドル(約1700万円)の支払いを命じた。しかし控訴の結果、このほどアンディ側の勝訴が確定した。
台湾高等法院によると、当時の撮影フィルムを再度チェックしたところ、アンディが操縦ハンドルにぶつかった様子は見られないとのこと。さらに撮影当時、同航空から派遣された操縦士が安全マニュアルに沿ってヘリを起動させていなかったことも、アンディの逆転勝利につながったという。
アンディの所属事務所では今回の勝訴について、「こちらには過失がない。相手(徳安航空)がさらに控訴したいなら、どこまでもお付き合いする」と強気の態度を見せている。(翻訳・編集/Mathilda)
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[映画.com ニュース] トム・クルーズ主演の人気シリーズ最新作「ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル」と「コカ・コーラ ゼロ」のタイアップキャンペーン記念イベントが10月6日、東京・渋谷のハチ公前広場で行われた。この日は日本記念日協会が認定した「トムの日」。会場にはトムのそっくりさん“琉球トム・クルーズ”こと村山靖がSPを従え登場し、「ハロー、ジャパン! お騒がせしてすみません。ぜひ12月には、本物のトムを見に劇場に来てください。そのときはコカ・コーラゼロを忘れずに」とPRした。
【フォトギャラリー】“琉球トム・クルーズ”らが参加した「M:i:IV」イベントの模様はこちら
世界130カ国で愛される「コカ・コーラ ゼロ」と、常識に捉われないアクションで世界中を魅了する「ミッション:インポッシブル」シリーズが手を組んだタイアップキャンペーンで、世界30以上の国で展開される予定。日本では10月3日からスタートし、オリジナルデザインパッケージでの期間限定販売や、特別タイアップCM「Zero Impossible」編のオンエアを行う。また、映画の鑑賞ペアチケットやBMWが当たるキャンペーンも実施される。
イベントにはタレントのデーブ・スペクターも駆けつけ、「トムはスタントも全部自分でやるんですよ。日本でいえば、ダチョウ倶楽部の上島(竜兵)さんみたいな人」。“琉球トム・クルーズ”と対面し、「ぜひ本物にも会わせたい」と息巻いた。
同作はトムが主演を務める人気シリーズの最新作。モスクワのクレムリンで起こった爆破事件の容疑者にされたイーサン・ハントと彼が率いるチームが、過酷なミッションに挑む。共演はジェレミー・レナー、サイモン・ペッグら。「Mr.インクレディブル」のブラッド・バードがメガホンをとる。
「ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル」は、12月16日から全国で公開。
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9月30日から開催されている第49回ニューヨーク映画祭のイベント“日活100周年祭”で上映される37本の日活映画のうち、鈴木清順監督作『肉体の門』(64)、『縄張(しま)はもらった』(68)で舞台挨拶を行うためにニューヨークを訪れている宍戸錠が、13時間の時差にも負けず、黒いスーツに白黒のネクタイでビシッ!と決めてインタビューに応じてくれた。
【写真】スチール写真を持ってサインを求めるファンに快く応じる宍戸
1954年にニューフェイス1期生(8000人の中から20人が選ばれた)として日活に入った宍戸だが、俳優を志したのは母親のお腹にいる時からだったらしい。「当時の映画館には水洗トイレなんてなかったから、映画館の中も臭かったんだけど、おふくろは俺がお腹にいる時もそこで映画を見ていたんだ。お腹の中で臭いにおいもわかっていたよ(笑)。小さい時からチャンバラごっこも好きで、腰にベルトを巻いて刀を挟めるだけ挟んだら、きつすぎて脱腸になった」経験があるそうで、生まれながらにして役者、それもアクションスターになる運命だったようだ。
小さい時から親分肌だった宍戸は、日活に入ってから程なく“エースのジョー”として頬にシリコンを入れ、悪役としてその名を馳せるようになるが、役柄に恥じることなく、私生活でも豪快かつ女性関係も華やかだったようで、4期生で21歳の若さでなくなった赤木圭一郎に夜遊びを指南したという。「夜中になると俺のところに誘いに来て、『遊んでくれ』ってうるさかったんだよ。夜遊び、酒の飲み方から喧嘩の仕方、あいつには全部教えてやったよ」と、豪遊していた当時を懐かしそうに振り返った。
その遊びが男の色気を醸し出し、役者としては大いに役立ったようだが、ヤクザや悪役を演じるにあたってのリサーチや、拳銃、刀さばきなどの役作りについては、「役作りのためにヤクザと関わったら大変だよ。最近、芸能界を追放されちゃった人がいるくらいだからさ。俺は何でもぶっつけ本番で、準備なんかしない」のだという。なかでも『肉体の門』(64)などでタッグを組んだ鈴木清順監督とは、出演者と共にその場でセリフなどを加えたりしながら映画作りをしていく醍醐味があったそうで、『米が炊けるにおいで起つ』なんていうのは、もちろん俺たちが考えて付け加えてもらったんだ」と当時のエピソードを楽しそうに語ってくれた。
派手な私生活の一方、売れっ子俳優として仕事にまい進したという宍戸は、西部劇の大ファンなのだそう。1960年代の日本映画にはアメリカ西部劇の影響を多く受けた作品も多かったが、『早射ち野郎』(61)でウエスタンブーツにカウボーイハットでエースのジョーを演じた宍戸は、「1945年に日本が戦争に敗れて、いろんなアメリカ映画が日本に入ってきたんだけど、ジョン・ウェイン主演の『駅馬車』(39)とか見て、アメリカのスケールの大きさに度肝を抜かれたよ。とても敵わないよね。『早射ち野郎』を撮った当時なんて、日本には早射ちのピストルもウェスタンブーツもなかったのに、いかにもそれらしいのを作って、まるでアメリカで撮影したように見せかけて、“風船2つ0.65秒、早撃ち世界第3位”なんて謳い文句で宣伝してたんだから、俺たちも大したもんだよ。俺もその気になって、『ヴェラクルス』(54)のバートランド・カスターを参考に演じたんだ」。
「西部劇はたくさん見てるけど、特にクリント・イーストウッドの作品が好きだね。監督作も含めてほとんど見ているよ。『硫黄島からの手紙』(06)はイマイチだったけど、後はみんな良いよ。別にアカデミー賞なんてどうだって良いけど、81歳で現役の俳優として長いセリフが言えて、監督業もやっててほんとすごいよ」と感心することしきり。イーストウッド監督のキャリアもさることながら、前妻、恋人、現在の妻、そして隠し子と計7人の子供がいると言われている精力的な部分も見習いたい、といったところだろうか。
今年、ある雑誌のインタビューで、「今まで寝た女性は1331人、78歳で子供を作りたい」と語っていたが、「残念ながら、今もまだ相手は見つかってないよ。12月で78歳になるから、後1年ちょっとの間に、是非とも子供を作りたいと思ってる」と、ビール片手にご機嫌な様子で、堂々の子作り宣言をしてくれた。
今年は日活の同期でもある長門裕之や原田芳雄など、多くの名優たちがこの世を去ったが、イーストウッド監督に負けず、映画に私生活にまだまだ頑張ってほしいものだ。屋形船【取材・文 NY在住/JUNKO】
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